人間に憧れるロボット

                  1ロボットたち
世界の総人口80億人が技術者になっていた世界。
この世界は科学技術の発展により作れないものはなく、高い技術力がもたらす文化の恩恵を受けていた。
この恩恵を可能にしたのは世界各地に点在する無人研究所で、そこにいるロボットが製造し輸出をしては、提携をしているシステム管理会社が調整する事で成り立っていた。
技術者の世界のとある地域に設置された無人研究所で、人間に憧れる一風変わった4脚式ロボットがいた。
ロボットは備品管理を名目に製造された物だが、好奇心旺盛であり特に人間に対する関心が強かった。
ある日、備品の在庫を確認する作業中に古びた書類を見つけた。
何だろうと思い見てみると、文字こそかすれていたが人間の生態や文化など事細かに書かれていて、人の形をしたイラストが添えられていた。
「これだ!!」と初めて人間の姿を見たロボットは感激し、急いで研究所の奥にいる自動製造装置の部屋に向かった。
装置の元に着くと経緯を説明し、人間への憧れとなれるかどうか質問してみた。
装置はロボットが製造される少し前に設置され予め様々な情報を取り込みどの分野の問題に対処するよう設定されていたが、人間の情報を照らし合わせてみても理論上無理であり、ロボットにもその解答で返答した。
その返答を聞いたロボットは落ち込むが、装置は「でも」と付け加え「見た目なら人間に見せることは出来る」と伝えた。
ロボットは一瞬驚きどうしてなのか尋ねると、装置は人類には身だしなみを気にする傾向があり、整える事はマナーであると答えた。
ロボットはその答えに対して「整える事で人間のような形を得られるのか」と返すと、装置はロボットに「これからは作業効率を上げる必要性があるから頭・胴体・脚から順番に沿って人間の見た目にするのはどうか」と提案した。
ロボットは装置からの提案を受けてしばらく考えた。
研究所から出たらどんな景色なのか、人間はどれほどいて、どんな文化を築いているのか………….。
考えれば考えるほど人間の関心は強くなっていく。
ある程度時間が経ってからロボットは装置に提案された方法で人間の見た目にしてほしいと頼んだ。
装置は「分かった」とだけ言葉を返してパーツの製造に取り掛かった。

 

 

 

 

                     2.技術者たち
技術者の世界にはシステム管理会社が多くあるが、世界が今の形態になるまでロボットが人間に憧れるという概念がなかった。
とあるオフィス街にあるシステム管理会社にロボットたちが業務とは異なる行動をしているのが報告されたのは数日経過してからだった。
話が持ち上がった当初技術者の大半は驚き、研究所の出来事を知った上層部は観察をしつつ業務にあたるよう指示した。
技術者達は指示を受けて早速モニタールームに接続し研究所の映像を見てみた。
研究所にいるであろうロボットが頻繫に何かの素材を自動製造装置の元に運び、自動製造装置は黙々とアームを駆使して素材を加工してはロボットに完成した物を渡すという光景が広がっていた。
今までなかったパターンだけに、技術者達は懐疑的な表情を浮かべていたが、ロボット達は気にする素振りも見せず「造っては渡す」という奇妙な行動はしばらく続いた。
監視していくうちに徐々にだが、行動が把握できる様になった。
最初は新規の備品を製造していると思われたが、業務の合間に人の顔や頭部など通常の業務では製造しない物を造り続けていた。
別の角度のモニターにはロボットが、頭部、胴体、足と、人間の身体に沿って外見のパーツを一つずつ作業台に配置し自動製造装置の元に行っては確認する様な素振りを見せていた。
技術者達は一連の映像と行動を上層部に報告した。
その報告を受けての見解は「製造を繰り返すという行動は設定内であるが、製造する物がパーツのみなら医療用として製造しているのではないか」と言い、技術者達に観察を継続するよう指示した。
技術者達は返答を受けて意見を交わしたが、医療機関に輸出する物で技術が向上するなら問題がないとして話を納めることにした。
それから引き続き観察を続けるのだが、この時点で人類は重大な見落としをしていた。それが分かるのはロボットが内蔵を模した装置と皮膚を手に入れた時に判明する事になる。

 

 

 

                        3.外の世界へ
自動製造装置は製造の終着点である内蔵を模倣をした装置と人工皮膚を製造した事をロボットに伝えた。
この事に対しロボットは歓喜し早速組み立てようと装置に促した。装置は同意し作業に取り掛かる。
組み立ては数日経過する事になったが内蔵部分を入れ人工皮膚を接着した段階で最早人間同様の外見になっていた。
装置は胴体が完成した事をロボットに言うと、動かすには今までのデータやシステムを胴体にインストールしなければいけないと教えた。
その話に対しロボットは早く人間になりたいと言い、インストールするよう急かした。装置は分かったと返答しロボットに作業台の上に置いてある転送機の傍に行く様に促した。
ロボットが言う通りにすると装置が転送機からコードを出しロボットと胴体に繋げる。ロボットはガクンと音を立てて倒れこむが、代わりに胴体が動いた。
どうやらインストールは成功したらしい。胴体に入ったロボットは手のひらを顔の前に近づけて握ったり広げたりを繰り返す。
動作を行う度に人間になれたと実感し喜んだ。ロボットは胴体を動かそうと思い起き上がると、鏡に映る長い髪の女性がいた。
試しに目を凝らすと女性は同じ動きをし、両方の腕を上げれば同様の動作をした。
恐らく自動製造装置は気遣いとして女性の胴体を製造してくれたのだろう。
ロボット的には満足していたが、自分のわがままとはいえ最後まで付き合ってくれた事に感謝した。
喜ぶロボットを見て自動製造装置はアームを使いおもむろに布で造った物と靴を渡す。
これは何かとロボットが聞くと装置は下着と服だと言い、人類はこれらを着るのも身だしなみを整える方法であると返した。
ロボットはそうなのかと思い下着と服を着て靴を履いてみる。
ワンピースとハイヒールではあるが、改めて鏡で全身を見ると完全に人間そのものだった。ロボットは凄いと言って装置の方に振り返る。
装置は声を弾ませながら「おめでとう」と言って拍手した。
それからしばらくの間ロボット達は喜びを分かち合っていたが、突然ピーと音声が響き長らく開いてなかった無人研究所の入り口が開き外から空気が流れてきた。
急な出来事にロボットは戸惑ったが、そんなロボットを見て装置は外の世界に行くのはどうだろうかと提案し、ついでに社会や文明を知るのも良いことであると説いた。
ロボットは装置の提案に対し一瞬驚いたが、行っても良いのかと聞いたものの、装置は黙ってうなずき、ロボットはそんな装置の反応を見て喜び、入り口向かって走った。
足音は徐々に遠のき自動製造装置はロボットが外の世界へと出たことを確信する。
小さく「行ってらっしゃい」と呟き、ダラリと腕が下がるとそのまま動かなくなった。
研究所の入り口もタイミングを合わせる様に閉まり2度と開くことはなかった。

 

 

 

                     4.人間に憧れて
ロボットが外に出ると、景色が広がり、想像して憧れていたものが次々と目に入ってきた。
映画館に来ては自動で映画が映り、レストランで食事を取れば音楽が流れ、図書館に入れば大量の書籍を手にしては読みふけり、美術館に着くとひたすらに人類が描いた絵画を堪能していた。
その状況は久しく続き新しい発見を楽しみながら喜びを噛みしめていた。
外の世界での生活に慣れてきたある時、ふと違和感を覚える。
違和感は少しずつ増していき、ロボットがオフィス街に着いた瞬間に答えが出た。
違和感の正体はとても簡単だった。どんなに外の世界を移動しても人間は見当たらず会ってもいないのだ。
おまけに人類が残した文化に夢中になっているのも相まって気づけば途方もない時間が経過していた。
周りの建物も劣化し、オフィスには草木や瓦礫だらけになっているなど、人類がいた痕跡はどこにもなく、せいぜい形を保ち残されているのは街の中央にある建物だけだった。
ロボットはその事実にショックを受け、とぼとぼ歩き建物の中に入った。
内部は荒れ果て、ガラスの破片が散り、雨風にさらされた紙があちこちに落ち、何故か骸骨も無造作にバラバラになっていた。
ロボットはその光景を沈んだ目で見ていたが、そうこうしているうちに建物の一番奥の部屋に来ていた。
部屋は劣化して大きな穴が開いていたが、真ん中辺りに人影があり、近づくとミイラ化した人間の遺体だった。
傍にデスクがあったが、その上にはインクが残りくっきりとした文字が書かれた書類が置いてあった。
それはロボットが人間の姿を得るきっかけになった書類と同じものだった。ロボットは何気なくその書類を見て読み上げる。
要約すると、《技術者の国で製造されている物は国に既存している資源を元に製造されるが、ロボットの様な精密機械は資源の消費が激しく、仮に資源が枯渇した場合、代替えとして人類の生命力をエネルギー源とし製造する。》
ロボットは文章の内容に対して目を見開き愕然とした。
人の身体を得てから初めて全身に震えが起きた。
書類は生態や文化の内容ではなく、製造に対するリスクや警告が書かれていただけだったのだ。
要はロボット自身が都合よく考え、自分のわがままを優先するあまり、多くの犠牲や代償を払った結果が現在の世界に変えてしまっていたのだ。
多分ではあるが、自動製造装置もその事実を知っている訳ではないだろう。
壁の穴から風が吹き、書類がなびく。
ミイラ化した人間の指の隙間から殴り書きの文章でこう書かれていた。
「人間の世界はどうだ?お前が身体を得る度に人間は数を減らして終わりを迎えた。どれもこれもお前のせいなんだぜ。くそったれ」
ロボットは、自分の存在がもたらした結果に直面し、深い悲しみと孤独を感じた。嘆きの声がこだまして街に響き渡った。

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